言葉をさがして

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2005年 07月 31日

『人生ベストテン』 角田光代

2005年3月1日 講談社刊
初出誌「小説現代」
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観光旅行
長い時間一緒にいたから、ハシヅメくんのことがわかるなんて嘘だ。私と似ているなんて嘘だ。きっと一生一緒にいたってわからないままだ。わからないことが怖くて私は会話を避けてきたのだ。私は彼と会話を交わさなくてはいけない。もしあと数日ののちに、まったくの他人になるのだとしても。

テラスでお茶を
マンションじゃなくたってよかったんだと私は気づいてしまう。ヒサコにできなくて私にできることならなんでもよかったたんだ、電球替えだって配線だって。ヒサコが韮澤に頼まなければ解決できないことを私はできるのだと証明したかっただけなのだ。自分自身に、韮澤に。私もヒサコもまた韮澤も、相手が必要なのだというそれだけのことを伝えるのに、どれほどの遠回りをしなければならないのだろう。
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# by t_hollyhock | 2005-07-31 18:10 | 角田光代
2005年 07月 31日

『赤い長靴』 江國香織

2005年1月15日 文藝春秋刊
初出紙誌
「すばる」2001年1月号
「東京新聞」2001年5月26日夕刊
「文學界」2003年7月号~2004年6月号

夫婦の日常を描いた連作作品集
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ほんとうのことを知りたくなったり言いたくなったり言わせたくなったりするのは、おそらく子供のころからの、私の悪癖なのだろう。食卓を整えながら日和子はそう考える。頑なとしてほんとうのことを言わないというのは、それでは逍三の美点だ。

いろんな音、いろんな匂い。逍ちゃんが帰ると、ここは俄然賑やかになる。それは嬉しいことだと日和子は思う。
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# by t_hollyhock | 2005-07-31 17:54 | 江國香織
2005年 07月 31日

『この本が、世界に存在することに』 角田光代

本にまるわる話を収めた作品集
2005年5月21日 メディアファクトリー刊

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『彼と私の本棚』
頬をはられたように気づく。だれかを好きになって、好きになって別れるって、こういうことなんだとはじめて知る。本棚を共有するようなこと。たがいの本を交換し、隅々まで読んでおんなんじ光景を記憶すること。記憶も本もごちゃまぜになって一体化しているのに、それを無理矢理引き離すようなこと。自信を失うとか、立ちなおるとか、そういうことじゃない、すでに自分の一部になったものをひっぺがし、永遠に失うようなこと。

『不幸の種』
この古びた難解な、だれのものだかわからない本は、年を経るごとに意味が変わる。かなしいことをひとつ経験すれば意味は変わるし、新しい恋をすればまた意味がかわるし、未来への不安を抱けばまた意味は変わっていく。みなみのように、文字を目で追いながら涙ぐむこともある。声を出して笑うこともある。一年前にはわからなかったことが理解できると、私ははたと思い知る。自分が今もゆっくり成長を続けていると、知ることができるのだ。

『さがしもの』
あいかわらず、いろんなことがある。かなしいこともうれしいことも。もうだめだ、と思うようなつらいことも。そんなとききまって私はおばあちゃんの言葉を思い出す。できごとより考えのほうがこわい。それで、できるだけ考えないようにする。目先のことをひとつずつ片付けていくようにする。そうすると、いつのまにかできごとは終わり、去って、記憶の底に沈殿している。

あとがき
もしこの本が世界に存在しなかったら、いったいどうしていただろう。世界はなんにも変わっちゃいないだろうが、けれど、この本がなかったら、その本に出合えなかったら、確実に、私の見る世界は一色足りないまんまだろう。だからこの本があってよかった。助かった。友達のいない、みんなのできることのできない、未発達のちいさな子どものように、そう思うのだ。
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# by t_hollyhock | 2005-07-31 12:12 | 角田光代