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2005年 08月 11日

自殺 柳美里

1995年6月 河出書房新車より」出版の『柳美里の「自殺」に大幅加筆
1999年12月刊 文春文庫

世間を騒がせた著名人の死や、いじめによる死。
多くの具体例と自らの自殺未遂体験を通じ、作家・柳美里が高校生に問う”生きる意味”

自殺者は過去の囚われびとになっていると著者はいいます。未来に希望が持てなくて、死ぬことを選択する人も、不安の種は未来にではなく、過去の自分にあるのかもしれません。過去の自分を振り返って見て、このまま生きていても何ら良いことがないと思う。ですが、過去に囚われることをやめたら、未来の自分はこれまでの自分とは違うのだと、思えるのかもしれません。過去が、現在が、今後もずっと続く訳ではありませんから。



しかし、人間は現実と日常を拒み続けることはできません。

日常というものは、ある種の人間にとっては凶器のように自分を脅迫するものなんですね。私は日常というのは、非情なものだと思います。

言うまでもなくあらゆる価値は幻想に過ぎませんが、その幻想が壊れると生の根拠そのものが失われると思い込むのです。また価値は欲望によって支えられていますから、ただ生きているだけでは堪えられないほどの強い欲望を持っている人だと言えるでしょう。

ひとはその人生において幾度かの結末を迎え、その度に何事かを葬らなければいけません。自殺者は過去を埋葬できずに、過去にこころを奪われ、自滅した人なのかもしれません。自殺を試みる人は過去の何事かの囚われ人になっていると言えるのでしょうか。

私は死は彼岸にでなく、この世の内側にあると考えています。死が月世界より遠いところに在るはずがありません。死はひとの内部で生と共存し、ひとは生の道を歩きながら、自分でも気づかないうちに死の曲がり角を折れているのです。いずれにしろ、私はこう考えます。その人の生が美しければ、死も美しい。
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by t_hollyhock | 2005-08-11 09:57 | 柳美里


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