言葉をさがして

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2005年 07月 31日

『この本が、世界に存在することに』 角田光代

本にまるわる話を収めた作品集
2005年5月21日 メディアファクトリー刊

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『彼と私の本棚』
頬をはられたように気づく。だれかを好きになって、好きになって別れるって、こういうことなんだとはじめて知る。本棚を共有するようなこと。たがいの本を交換し、隅々まで読んでおんなんじ光景を記憶すること。記憶も本もごちゃまぜになって一体化しているのに、それを無理矢理引き離すようなこと。自信を失うとか、立ちなおるとか、そういうことじゃない、すでに自分の一部になったものをひっぺがし、永遠に失うようなこと。

『不幸の種』
この古びた難解な、だれのものだかわからない本は、年を経るごとに意味が変わる。かなしいことをひとつ経験すれば意味は変わるし、新しい恋をすればまた意味がかわるし、未来への不安を抱けばまた意味は変わっていく。みなみのように、文字を目で追いながら涙ぐむこともある。声を出して笑うこともある。一年前にはわからなかったことが理解できると、私ははたと思い知る。自分が今もゆっくり成長を続けていると、知ることができるのだ。

『さがしもの』
あいかわらず、いろんなことがある。かなしいこともうれしいことも。もうだめだ、と思うようなつらいことも。そんなとききまって私はおばあちゃんの言葉を思い出す。できごとより考えのほうがこわい。それで、できるだけ考えないようにする。目先のことをひとつずつ片付けていくようにする。そうすると、いつのまにかできごとは終わり、去って、記憶の底に沈殿している。

あとがき
もしこの本が世界に存在しなかったら、いったいどうしていただろう。世界はなんにも変わっちゃいないだろうが、けれど、この本がなかったら、その本に出合えなかったら、確実に、私の見る世界は一色足りないまんまだろう。だからこの本があってよかった。助かった。友達のいない、みんなのできることのできない、未発達のちいさな子どものように、そう思うのだ。
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by t_hollyhock | 2005-07-31 12:12 | 角田光代


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